活動家のマリー・デ・シルバは、今年4月から毎日、コロンボ中心部にある海沿いの広い遊歩道、ゴール・フェイス・グリーンでの反政府デモ隊に加わってきた。この平和的な抗議運動(現地語でアラガラヤと呼ばれる)は7月末に政府によって解散させられたが、最も盛んな時期にはスリランカにおける金融の中心地へ全国から約100万人が集まっていた。 学生、活動家、家族連れ、弁護士、宗教指導者などからなる抗議者たちは当時の大統領ゴタバヤ・ラジャパクサの辞任を要求するため街頭に立ったのである。計り知れない苦しみをもたらしたスリランカにおける戦後最悪の経済危機に対する責任を問われた74歳にもなる軍出身の独裁者に対する不満が数ヶ月に亘って高まり続けていた。抗議者たちは、彼と政府の要職に就く彼の兄弟3人を明白な経済的失策、縁故採用、汚職を理由に非難した。 2020年11月に2期目を迎えたラジャパクサ政権は、多様な民族が暮らすこの国で、多数派であるシンハラ仏教徒の優位を主張する民族主義的なプラットフォーム構築を押し進めた。経済面では、インフラ主導の中国モデルを採用し成長を先導することで雇用と繁栄を拡大する一方で国民による反対意見を圧殺した。また、ゴタバヤは、取り巻きを懐柔するために大幅な減税を推し進めた後、肥料の輸入を停止して農作物の収穫量を激減させた。2022年の予算では、大統領の率いる国防省が1,300万米ドル近く、つまり総支出の14.89%という最高の配分を受けている。ラジャパクサ一族の過剰な影響力は、新設された道路、港、空港支えるため、高利で貸し付けられた中国からの融資によって維持されていた。
優れたガバナンスを求める国民の声にゴタバヤが抵抗し続けたことで抗議行動は頂点に達した。7月10日、抗議者たちは大統領官邸を襲撃し、ゴタバヤを国外に脱出させ(後に帰国)、辞任を強要した。不安定な政治・経済状況を打開するため、ラニル・ウィクラマシンハ新大統領は現在、国際通貨基金(IMF)から救済を受けるための交渉を行っている。デシルバは、「かつてないほどの勇気を示し、国民は一丸となって、民意を無視する政府を運営した専制君主と3人の兄弟を追い出した」と述べ、一般民衆の心情を代弁した。
10月20日にウィクラマシンハが発した声明によると、ラジャパクサ政権は過去2年半の間でほぼ約62億米ドルという額の紙幣印刷に頼っていた。結果、人口2200万人の島国は70%以上のインフレに見舞われている。ウィクラマシンハは、「誤った経済政策のために、国は7000億スリランカ・ルピー(約84億米ドル)を失った」と認め、海外からの融資への依存を減らすために民間部門の投資を増やすことを約束した。優先課題は、スリランカの主要な貸し手である3か国-中国、インド、日本-に対して債務再編計画への協力を促すことだ。スリランカ・ルピーの急速な下落によって食料、燃料、医薬品などの必需品を入手できない人々が増えている。外貨を節約するために国内では送電停止が頻繁に行われている。世界保健機関(WHO)は貧困の拡大を予測している。
この10年間でコロンボに建設されたショッピングセンター、高級マンション、ホテルなどのきらびやかな建物の前でアラガラヤの集会が開かれたのは痛ましいことだ。その代表格は、インド洋に突き出す海を埋め立てた269エーカーにも広がるメガプロジェクトであり“アジアのドバイ”と称されるコロンボ・ポート・シティである。中国投資銀行は、同プロジェクトに14億米ドルを投資し、99年間のリース契約と共に43%の株式を確保している。ゴタバヤの弟で当時の首相マヒンダ・ラジャパクサが2014年に署名したこのプロジェクトは25年後の完成を見込んでおり大幅な税制優遇やその他の特典で外国人投資家を誘い込む狙いがある。環境アセスメント報告書では、岩石や砂の大量採取による地下水の枯渇など深刻な公害問題が指摘されている。
経済学者のガネシャン・ウィグナラジャ氏(ゲートウェイハウスインド評議会経済・貿易担当プロフェッショナルフェロー)は、中国が出資する大規模な港や空港をインド洋における海洋支配を目指す中国外交の顕著な例として見ている。「港湾での交通流やその他の経済指標に注目しているというよりも、中国は、インド洋のシーレーンにおける足場固めを狙っている」と述べた。中国による一帯一路構想は、地域貿易と開発を促進する目的でアジアとアフリカの発展途上国に推定1兆ドルを注ぎ込んでいる。インドは、スリランカを南アジアにおける伝統的な影響圏と見做しておりポピュリストであるラジャパクサ一族を警戒している。パンデミック発生以来、デリーは、スリランカへの援助を強化し、人道的支援と通貨スワップの両方を最大24億米ドルまで拡大することでスリランカの主要ドナーとなった。「中国の存在はインドにとって懸念材料である。しかし、インドとスリランカは海洋上の隣国でもある。インドは、問題が波及した場合の国益保護に熱意を持っている」とウィグナラジャ氏は説いた。
スリランカの債務
欧米の報道機関は、スリランカを中国の「債務の罠」政策に嵌った典型例と評している。中国は、2000年から2020年にかけて最大の貸し手となっており、その中には20年近くスリランカを統治した今は亡きラジャパクサ政権(2015年大統領選における敗北に伴い2年間の中断期間が存在)が作った債務返済プログラムも含まれる。現在、中国のスリランカに対する債務は80億米ドル、割合で全体の10%に達し日本と同程度である。中国インフラ銀行の融資は高金利かつ短期間である。環境破壊防止や財政安定などに関するチェック機能はほとんどない。パリクラブ(主要債権国会合)のメンバーである日本は債務の持続可能性を対外援助政策の中核に据えており(中国とは)立場が異なる。
2010年に中国の商業融資と国営融資で建設されたハンバントタ港はその潜在的な危険を明確に示している。中国輸出入銀行は年6%の金利を課している。この港は、島国の南端にあるラジャパクサ派の拠点であり、インド洋における主要な海運中継地であるハンバントタ市にある。2017年に借入金が返済不能となり、スリランカ政府は、99年のリース契約を結び、中国の会社に株式の大部分を売却し、スリランカが債務を返済し続ける一方で、中国は港を管理して利益を集めている。「中国からの簡単な融資が受けられることがラジャパクサ政権の向こう見ずな支出を支えていたと見ることができる。結果として、スリランカにおける北京の影響力は増大した」と国際関係分野における権威として知られるバンダラナイケ国際研究センター・シニアディレクターのスミス・ナカンダラ氏は述べた。彼は、8月に起こった中国の調査船「遠望5」のハンバントタ港停泊をめぐる国際的な騒動にも言及した。(この問題に対して)インドと米国が懸念を表明し、ウィクラマシンハ首相は船の到着を遅らせた。しかし、最終的には、燃料と物資の補給を理由にこの船の停泊は許可された旨が報じられた。在スリランカ・モルディブ米国大使のジュリー・チャン氏は、この島国は世界で最も交通量の多い航路の隣にあり、世界のコンテナ船の約半数と世界の石油輸送の3分の2がこの航路を通ることに言及している。米国は、インド太平洋地域のビジョンの一環として、サイバー空間とサイバーセキュリティの重要性増大に対する責任ある行動を定義すべくパートナー国との調整に関心を向けており、この地理的特性はさらに戦略的な意味を持つようになっている。
ゴタバヤの無策な経済プログラムは2020年のパンデミックを契機にとうとう崩壊した。世界的なロックダウンは、観光関連の収入と国外移民からの送金を削減させ、国家経済を支える2本の柱を圧迫した。ラジャパクサ一族の下、2009年の13億米ドルから2020年の41億米ドルまで膨れ上がった年間対外債務の返済に直面しスリランカは独立後の歴史で初めてデフォルト状態を申告する以外の選択肢を失った。
人権擁護団体はまた、スリランカにおける中国の役割を市民の自由に対する継続的な締め付けと結びつけている。 権威主義国である中国は、2009年にタミル人の反乱を打ち負かしたラジャパクサ政権に融資する友人として現れた。少数民族であるタミル人による平等な権利を求めるための戦いは北部及び東部に住む同民族の一般民衆を中心に6万人以上が犠牲となる長い内戦へと発展した。その血なまぐさい時期、欧米のドナー国は、民族の権利の尊重を求めると同時に(スリランカ政府への)援助を自制していた。2019年の政権復帰以来、ラジャパクサ政権は、その権力を強固にするため物議を醸す様々な法律を成立させた。大統領が更なる権力を振るうことを可能にした2020年の第20次憲法修正は司法や贈収賄調査委員会などの重要機関の独立性を損なった。10月、ジュネーブにある国連人権理事会において、ウィクラマシンハによる抗議活動家への弾圧を批判する国際決議が欧米諸国によって支持された。これに対して、日本とインドは棄権を選び、中国はスリランカを支持した。
進むべき道
専門家は、ウィクラマシンハ政権の寿命は経済回復に掛かっていると主張している。これは、増税や国防予算の削減、農村部の若者に与えられる公共部門における雇用枠の削減など、IMF主導の強硬な改革を実行することを意味する。都市部の富裕層とマジョリティーである低所得の農民層とに国民が大きく分かれるこの国でこれは容易なことではない。政治家は、この地域格差を伝統的に利用してきた。選挙に勝つということは農村部の有権者を取り込むということだ。「ウィクラマシンハは経済に重点を置いているが、彼の外交政策は、米国、インド、日本との関係と中国による支配的足跡とのバランスを取ることを目的としている。ラジャパクサ政権の矛盾したメッセージとは対照的にウィクラマシンハは日本が率先してスリランカを支援することを期待している」とアナリストのナカンダラは言う。
ウィクラマシンハと親しい間柄である日本通のモンテ・カセム教授は「東京はまだ消極的だ」と言う。カセム教授は、アジアの地政学は大きく変化しており、中国が地域的な力を誇示し、米中間の緊張を招いていると指摘する。さらに、日本と中国は、中国語で釣魚島と呼ばれる尖閣諸島の所有権を主張する東シナ海の領有権争いを抱えている。「インドと中国という他の2つの主要なプレーヤーを共通プラットフォームに引き込み救済措置の舵取りを行う上では、スリランカと緊密な関係にある日本が最も適している」と彼は言う。カセム教授は、インドと中国がアジアにおける2大国であり、ライバル関係にあるためだと説明する。「スリランカに対して彼らには別々の思惑がある」と彼は述べた。
